注1)厚生省の篠崎英夫氏の記事の要点(記事ダウンロード html版)
研修医制度は成功!!
・研修医が忙しい科とか,訴訟の多い科を敬遠する傾向があると言われていたが,決してそうではなく,研修医は,興味に従って専攻科を選んでいる.小児科,産婦人科などいわゆるキツイと言われている科にも多く進んでいる.
・それまで大学に集中していた若い医師が,進んで地方に行くようになった.
・広くローテートしているので,従来の大学医局ストレート方式の研修に比べて,プライマリーケアーの知識と実技を身につけることが出来た.
【コメント】なにをかいわんや・・・まるで大本営発表である.実態は皆さんのご存知の通り・・・
○産科,小児科は,研修医があまりの激務を目の当たりにし,それまで志望していた人からも敬遠されている.
○研修医は大都会に集まった.地方医療は大学病院ごと吹っ飛んだ.
○多くの病院が,研修医制度による医師不足のため救急外来の看板を下ろし始めている.
○こんな厚生省の推奨するプライマリーケアー・・・何か眉に唾つけて考えてみた方が良いのではないか.
注2)イギリス,アメリカの医療の実態は・・・読んでいると具合の悪くなるホームページがある(患者残酷物語)
イギリスの医療はひどい.家庭医に「ガンの疑いがあるので検査が必要」と言われたとき,日本ならやろうと思えばその日か次の日にでも検査が出来る.イギリスは6ヶ月後,と言われることも稀ではない.お金のある人はフランスで治療を受けたりもすると言う.お金のない人はイギリスではただガンが転移するのを待つだけなのだろうか?
アメリカの医療は保険会社が牛耳っている.家庭医が「ガンの疑いがあるので検査が必要」となったとき,保険会社にその検査をしてもお金を出してくれるかどうか,お伺いを立てなければならない.保険会社でそのことを審議し,病院に検査の予約を取る.この場合も,「半年後に検査」となる場合も希ではない.
どちらもガンが体中に転移して回ってしまうよ! 冗談のような医療でしょ.
注3)島根医大の麻酔科の小坂教授がある雑誌に投稿された寄稿文を読んだことがある.小坂先生が駆け出しの頃,道北の日本海側の田舎町に勤務していたころのこと(羽幌町か).ある冬の日の夜,病院に息絶え絶えの子供が搬送されてきたという.とても対処が出来ないので,小坂先生がアンビオバックを押しながら,近隣の小児科のある比較的大きな病院へ搬送したという.吹雪で,海は大しけ.国道は潮で洗われている.打ち寄せる波を見ながら救急車は進んだという.
やっと到着したと思ったら,診察した小児科医は簡単に「死亡」を宣告したという.ちょっと待ってくれ,ということで父親に泣きつかれたので,小坂先生はまた,アンビオを押しながら,もっと大きな病院を目指したという.
幸い,その病院でこの子は一命を取り留めることが出来た.
小坂先生がその町を去るときに,その父親が真心を込めて鱒を釣り,たらいに入れて生きたまま持って来てくれたという.
美談である.小坂先生は麻酔科医であるが,この時全力でこの子の診療に当たった.40年くらい前は北海道の僻地ではそれが普通だった(日本全国 どこの僻地でもそうでしょう).
今は,「小児科医でないから診ない」.住民も「診せない」.診て変になったら訴えられかねない.結果が悪ければ,どやされるのがオチである.そんな時代になった.プライマリーケアーも素敵だが,このような厳しい時代を中途半端な知識では乗り切れませんぞ!
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小坂教授が小児の患者を搬送したとき,海は大荒れ,国道にまで波がかかっていたという.そこは,留萌から稚内を結ぶ日本海側の道路で,オロロンラインとも言われている.夏は風光明媚.左の写真は利尻富士.右:このような感じで道路が走っている.小坂先生の頃はもっと道路事情が良くなかったのだろう.この辺は冬は凄まじいくらい荒れる.吹雪の時にこの道を行くのは,今でもまさに命がけとなる.留萌の近くの雄冬という町があるが,現在でも,冬に海が荒れると国道が通行止めとなり,陸の孤島となる.
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