大学の医局に入るのが良いのか,いきなり,病院に勤めるのがよいのか?
【若き研修医の意見】 

 若い医師が大学の医局に入らなくなっていることについて、大学が厳しいから嫌われているわけではありません。

 学生たちは大学で研修するとおよそ医師の仕事とは思えない雑用で忙殺されることや大学病院職員の公務員体質をよく知っています。医療情勢は厳しくいつまでも最前線で戦っていたのでは先が見えないことは研修医のほうがよくしっていますから、大学で伝票や検体を運んだり、患者を搬送したり、みずからポータブルで写真を撮って現像している時間は無いのです。

 いまや一部の大学を除き、大学の医局も人員不足は著明で指導体制もお寒い状況ですから、同じ無駄な時間なら市中病院で臨床の出来る指導医のもとで患者と接する機会をたくさん持つほうがましな気がします。

大学の医局に入るのが良いか,いきなり,病院に勤めるのがよいか?

 人間という者は一般に,3年くらい先までしか読めないものなのだなと,つくづく思います.上記の若き研修医さんですが,一刻も早く技術を身につけようと言うガンバル気持ちがあふれています.

 その前向きの気持ちは良し.

 しかし,医者を20年くらいやって来た私から見ると,医者というものは臨床だけでなく,基礎医学的な事もやった方が良いように思っています.早く言えば研究です.

 研究をやるには大学の医局に所属するしかありません.

 大学の医局に入るのが良いか,いきなり,病院に勤めるのがよいか? という問いは,簡単に言うと,「研究するか,しないか」ということだけです.「研究に興味がない」という人は,入局してもしなくてもどちらでも良いと思います.しかし,研究をしてみたい,と言うのであれば,大学の医局に入るしかありません.

 大学を敬遠する若い研修医の第一に挙げる理由として,雑用がキツイ,というものがあります.確かに,大学病院というのはシステムに問題があるというか,看護婦が威張っているというか,いろいろ一般病院とは違うところがあり,ベッド押しをしたり,点滴をしたり,自分でレントゲンを撮ったり,一般病院であれば看護婦なりレントゲン技師,検査技師がするようなことをやったりしますが,その様なことをするのは1年か2年だけです.

 最初に,「人間というものは3年くらい先しか分からぬものだ」と申し上げたのは,このような理由からです.たった,1-2年のことですが,それがずっと続くと思い,大学の医局を敬遠してしまう.敬遠する理由としてはあまり正しくないような気が致します.

 この雑用期間を過ぎると,あとは,研究室で研究をしたり,関連病院に出張したり,国内・国外に留学したりします.

 ちなみに,自分の経歴と,おそらく初期研修,後期研修を一般病院で行った人の経歴を比べてみましょう.

私の経歴(入局)

 

入局をしなかった場合の経歴

 私の経歴を説明すると・・・まず,1年間は大学で勤務.これが厳しかったですね.皆さんがよく述べている,大学の雑用を全部やりました.患者さんの搬送やポーターでレントゲン写真を撮ってみたりしましたが,このようなことを一度はやってみることも必要だと思います.このようなことが大学にいる間ずっと続くのであれば嫌ですが,せいぜい1年.長い人で2年です.

 2年目は関連病院へ出張しました.2年目ですから,キャリアのあるオーベンのいる病院へ出張して,ここで初めて一般的な治療に当たることになります.大学では腫瘍とか,あと,珍しい症例に当たることが多かったのですが,関連病院では,一般的な症例に当たります.現在,病院で研修を選ぶ人の中に,大学は変わった症例ばかりで研修にならない,という人がいますが,一般的な症例はどこでも経験できますが,珍しい症例は大学でしか経験できないと言うのも事実です.医師の実力はその疾患を診たことがあるかどうかで決まることもあります.珍しい症例を診ておくことはひとつ大切なことであると思います.

 1年とちょっといて,再び大学に戻ります.正直に言って戻りたくはありませんでした.やっぱり大学に比べて,関連病院の方が居心地が良い.今の研修医が初期研修を2年行ったあと,大学なんかに入局したくない,と言う気持ちはよく分かります.この時の私の心情とだぶります.

 しかし,私は,研究というものをやってみたかったことと,もっと,国内や海外留学をして,自分のキャリアを磨きたいと切に思っていましたし,自分は大学の医局員に過ぎず,大学の医局の命令には従わなくてはなりません.だから,大学に戻りました.

 4年目から5年目の2年間,基礎研究に従事しました.新しいものを発見するという楽しみ,世界中の研究者と競争しているという自負があり,楽しかったですね.夜の3時,4時になることもしばしばでした.生活面について言うと,アルバイトなどで50万円くらいの月収がありました.

 研究が終わったら,再び,臨床に戻ります.地方の救急患者が頻繁に来る一線病院で臨床に従事しました.この時に先輩から声がかかり,海外留学をすることになります.アメリカのカリフォルニア州に留学する計画が持ち上がり,教授の了承も得ました.

 翌年,アメリカへ.2年間の海外留学をします.楽しかったですよ.アメリカの大学の研究室に所属し,研究に従事する傍ら,臨床も見学させてもらいました.アメリカのシステムは日本とは全然違い,その違いと,その裏にあるものを知り面白かったですね.たった2年でしたが人生を2回生きた様な気分になります.アメリカでは,臨床をするには,FMG-EMSという,アメリカの外国人用の医師国家試験と言うべきものにパスしなくてはなりません.これがないと,手術室などにすら入れません.

 海外留学というと,甘美な憧れを抱く人も多いのですが,きちんと準備がないと,ただ外国に行っただけになりかねません.私の場合は,大学のツテがあり,また,しっかりとした基礎の技術がありましたからすぐに研究室に入れますが,研究をしていないただの臨床医ではこうはいきません.先のFMG-EMSでも取得していれば(日本でも取得できる),いろいろと臨床も勉強できるかも知れません. 何もないとどこも相手にしてくれません.実際に,ただアメリカに来て,語学学校に1年か2年通い,帰国する医師は歯科医師も沢山見ました.

ロサンゼルス:ロサンゼルスから車で1時間の所にあるロマリンダという小さな街の大学に留学
デビルス・タワー国立公園:留学中に休暇を取り,アメリカの国立公園を探訪しました.

 外国から帰ってきた後,医局にしばらく居ましたが,その後,北海道の中核都市の基幹病院に出張しました.そこで3年間働きましたが,その3年間で自分の臨床をひとつの形にまとめ上げることが出来ました.

 現在,研修医として2年働いた後,大学に入局しなかった人は,後期研修を病院で行い,その後,いくつかの病院に勤めることになるだろうと思います.そのような,非入局組と私を比較すると,10年目までは私は研究や留学などをしていますから,非入局組よりは,私は臨床の技術では低かったと思います.このことは,大学に入局しても研究も留学もしない人も居ますから,その人と比べてきましたから,このことは明らかです.しかし,その後3年間,中核病院で思いっきり働きました.そして,自分では満足すべきレベルに達したと考えています.

 何度も言うようですが,人間というのは,3年くらい先のことしか考えられません.

 現在の研修医制度のようにして,自分で全てを選ぶとなると,当然,どのくらい自分が出来るようになるかを中心に考えるようになります.自分よりも同級生の方が臨床を多くやっているという話を聞くと非常に焦りを覚えると思います.しかし,医師の成長というものは10年,15年という長いスパンで考えなければいけません.これは,個人では考えられるものではありません.私は医局のリクルーターではありませんが,何だかんだと言って,医局というものには10年,15年かけて医師を育成するノウハウがあります.

 大学に入局するのがよいのか,直接,病院に勤めるのがよいのか,入局組と非入局組の経歴を比較してみて下さい.その上で「入局するべきか,しないべきか」を決めるのは研修医の皆さんです.

 また,私の場合,留学から帰ってきて,大学にしばらくいた後に,中核病院に出て,一人医長としてがんばってきました(最後の1年は2人体制)が,その時につくづく感じたことは,大学は自由だな,と言うことです.

 病院勤めをしていると,当たり前ですがいつも病院にいなくてはいけません.しかし,大学の先生は,外来や手術,カンファレンスなど,自分のDutyはきちんとこなさなくてはいけませんが,それ以外の時間は自由です.研究したり,アルバイトをしたりしている.また,その臨床能力を買われて,OBの病院から手術の依頼がひっきりなしにあります.その様にして,症例を積み,腕を磨いていけるわけです(残念ながら私にはこの役は回ってきませんでした).

 また,大学は教育,研究,臨床をこなさなくてはいけません.その様な大義名分があります.これがすごく大事なんです.大学の先生は,学会発表と言うことで,国内・国外を問わずあちらこちらの学会に参加している.

 対して,私の医局時代に最後に勤めていた一般病院.この病院は,現在,研修病院の指定も受けています.ある時,海外の学会に演題を出したところ,発表の機会が与えられたことがありますが,病院側はこのことがよほど面白くなかったらしく,理事長と院長に呼ばれ,説教を食らいました. 曰く「今回だけは参加しても良い.しかし,今度,海外の学会に参加するときには,抄録を提出する前に自分たちの許可を取れ」と,こう言うわけです.つまり,「もう海外の学会への参加は認めないぞ」ということです.哀しかったですね.つまらなかったですね.(このような認識しか持っていない院長,理事長の病院でも研修病院の施設認定を受けているという事実は知っておいた方が良い)

 当然ですが,一般病院には,研究も教育もないわけです.ただ,働くのみです.研究などという大義名分がないのです.これが大学との大きな違いだと改めて思いました.このようなものなのですね.このときに改めて分かりました.

 また,最先端の医療についてもしかりです.大学はその様なところを積極的に行うところです.そのような使命があります.しかし,一般病院にはありません(国立がんセンターや国立循環器センターのような病院は違いますが).最先端医療というものは,金もかかるしリスクもある.一般病院ではなかなかその様なリスクを取れない.おそらくやらせてはもらえないでしょう.

 つまり,言いたいことは,非入局組は,5年目位までは技術の習得にいそしみそれなりに充実した日々を送ることが出来ると思いますし,大学入局組より,この時点では臨床も出来ると思います.しかし,研究もなければ,最先端医療もありません(あるいは,少ししかない).だから,ある意味で深いところまでいけないように思えます.また,自由がない.学会活動も,ままならないと思います(「どんどんやって下さい」と良いことを言う人もいるだろうと思いますが,一般病院にはその使命がありません.「どんどんやって下さい」が嘘でも仕方のないものとするしかありません)

 「白い巨塔」に,一般病院に出た里見先生が,一般病院でも持ち前の学究精神を発揮し,臨床ではあくまでも患者に優しく,また,研究もばりばりしている様子が出ていましたが,このような事は一般病院は,無理,とは言わないけれど,かなり難しいものです.とにかくあいている時間がない.日々,仕事仕事で疲れ切ってしまいます.

 また,苦労してデータをまとめても,発表するとなると病院を休まなければいけませんから,露骨に病院幹部からイヤな顔をされてしまうことだって現実としてあります(これは私だけでなく,多くの先輩医師が体験しています).言いたいことは,白い巨塔のこの部分の里見先生の話はまったくの幻想だと言うことです.

 また,医局というものは,100人から200人の医師が金銭のやり取りなしに結びついています.そして,その地域に根を張っています.非常に独特な日本的な組織だと思います.

 さて,その医局に入局することにより,その集団の一員になることが出来て,大きな人脈を得ることになります.医師は大企業とは違って日本全国や世界中とやり取りしてやっていくものではなく,地域で仕事をしていくものです(研究は違うが).医局はその地域に根を張っているので,その地域で生きていくには,医局に所属しているというのは大きなメリットです.大きな人脈をその地域に得られるという点が,非入局組にはないメリットです.

 また,将来開業するのかどうかは若い研修医の先生にお尋ねするのは酷でしょうが,開業するとすれば医局に入っているということは大きなアドバンテージになります.開業には健康第一です.病気などをすると本当に大変です.しかし,万が一,病気などをしたとき,医局に人を派遣してもらう事が可能です.これはすごいアドバンテージです.もちろん医局に入っていなくても開業は出来ますが,病気の時などの人的なサポートが受けられません.私なら,医局に入っていなかったら開業には二の足を踏んでしまうでしょう.なぜなら,病気,即,破産と言うことになりかねないからです.

 私らのころは研修医制度も何もない時でしたので,大学の医局に7-8割位の卒業生が入り,そのことに何ら疑問を抱いていませんでした.今まで,医局に入るメリットをいろいろ述べてきましたが,私の卒業するときにはこのようなことは常識であり,とりたてて言うべき事ではありませんでした.しかし,今日,医局に入る人は卒業生全体の48.6%だそうです(下図).

 医師という職業は極めて独創的な仕事だと思います.いろいろな技術,疾患に対してマニュアルみたいなものはありますが,症例ごとに少しずつ違うものです.それに対応するためには,研究などして広く深い知識や考え方を養う必要があると思っていますし,その様な教育を私の教授から授けられました..

 医局に入局して,研究をしたって臨床も存分に出来る.逆に,研究などをやっていないと,あとから「やっぱり研究みたいな事もやっておきたかったなあ」と多くの人が思うようです.

 研究だけでなく,人脈,そのほか様々なチャンスをなぜ最初から捨ててしまうのか,私は不思議でたまりません.それで本当に良いのか,と後輩医師諸兄に訴えたくこの記事を書きました.

 何かのご参考になれば幸いです.


注)私の経歴を見てどう思われるか,それは分かりません.少なくとも言えることは,私が特に医局にいて人よりもうまく立ち回ったり,要領が良かったわけではありません.ただ,見ていると,留学や研究と言っても,私は是非,研究をやってみたい,留学もしてみたいものだと思っている人もいれば,一方で行くことを希望しない人もいて,話があるのに断っている人も多くいました.逆に言うと,その様なことを念願していれば叶うでしょう.他の科の同級生も状況は似たり寄ったりです.医局とはそのような世界であると理解しています.

 

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