「時間外手当は払わない」という奈良県立病院の愚かな言い草
「過酷な当直」、産科医5人が超勤手当1億円要求 奈良

2006年10月21日


 奈良県立奈良病院(奈良市)の産婦人科医5人が
04、05年の超過勤務手当の未払い分として計約1億円の支払いと、医療設備の改善を求める申入書を県に提出したことがわかった。医師らは「報酬に見合わない過酷な勤務を強いられている」と訴えており、要求が拒否された場合は、提訴も検討する方針。

 県によると、同病院の年間分娩(ぶんべん)数は05年度で572件。産婦人科関連の救急患者は年間約1300人にのぼる。産婦人科医が当直をした場合、1回2万円の当直料が支払われるが、当直の時間帯に手術や分娩を担当することも多いという。


 申入書によると、当直について労働基準法は「ほとんど労働する必要がない状態」と規定しており、実態とかけ離れていると指摘。当直料ではなく、超過勤務手当として支給されるべきで、04、05年の当直日数(131〜158日)から算出すると、計約1億700万円の不足分があるとした。現在9床の新生児集中治療室(NICU)の増床や、超音波検査のための機材の充実なども要求している。


 医師の一人は「
1カ月の超過勤務は100時間超で、医師の体力は限界に近い。更新期限を過ぎた医療機器も少なくなく、これでは患者の命を救えない」と訴える。


 県は、産科医を1人増員するなどの改善策に乗り出すとともに、医療設備の改善を検討しているが、超過勤務手当の支払いは拒否した。担当者は「財政難のため、すべての要求に一度に応えるのは難しい」と説明する。

県立奈良病院

 【時代は変わりつつある】

 時代は大きく変わりつつあります.

 今まで勤務医は,時間外を度外視にして働いてきました.その理由としては,考えられることが拙著のホームページ(なぜ医師は今まで時間外を請求しなかったのか→クリック)に出ています.

 しかし,研修医制度で状況は大きく変わりました.1,2年目の医師が研修医となり,当直が出来なくなった.その分が上の医師にどっと回ってきました.東京に若い医師が偏在し,地方大学の医局には医師が入らなくなったので,病院に勤務していても,人が増えて,仕事の分担量が減ると言うことはこの先考えられません.(参照→1,2年目の医師の貢献度)

 奈良県の対応もおぞましいものです.まず,医療設備を整えることと,時間外手当をフェアに支給することとは全く別問題であると言うことです.医療設備を整えることは検討するが,時間外手当は支給しない,などと言うこと言えない.労働基準法にすすんで違反するようなことを県が言ってはいけませんし,どこにも話は通らないでしょう.

 払わなくても良しとするならば,法律を大幅に変えなくてはならない.言い分は100%,5人の産婦人科医が正しいのです.

 財政難だから・・・時間外手当は払えない.こんな,ふざけた理由がありますか.時間外は払えないけど,夜も昼も働いて下さいね・・・こんな事に誰が従えますか.誰も従えないでしょう.

【勤務医のおかれたおかしな現状・・・働く人ほど嫌われる】

 実は,勤務医は本当に色々です.この5人の産婦人科医のように,日夜,働き詰めになって働いている人もいるのですが,勤務医がみんなこのように働いているわけではない.その一方で,午前中だけ外来をして,午後からはずっとテレビゲームをやっている医者もいるものです.むしろその様な医者の方が,奈良県立病院のような大きな病院では多いのが現状です.

 また,給料のシステムは,このような病院は年功序列ですから,この5人の産婦人科医のように夜も寝ないで働いている医師より,テレビゲームばかりをしている年配の医師の方が給料が良かったりすることが多くある.このようなことが,働く医師のやる気をなくするんです.

 私が勤務しているときにも,いろいろな医師がいました.躁鬱で1時間しか外来を出来ない年配の医師や,午前中,空いている外来を行い,午後からパソコンに向かっている.何をしているのかな,と見に行くと,ワープロの画面になっているのだが,実はいつもそこでゲームをやって時間を潰しています.私の方がずっと外来患者も多く,手術も立て込み,救急患者も出入りして,夜もなく昼もなく働いていましたが,私の方が若いという理由で,給料はそのロートルの先生方の方が,1.5倍くらい良いのです.

 このような給料体系で,必死に夜も昼も働いている医師は病院の売り上げにも貢献しているし,さぞかし,病院の方で大事にされているのだろうと思うと,そのようなことはありません.むしろ逆なんです.仕事を沢山する勤務医というものは,「外来の看護婦が足りない」とか「ベッドが足りない」とか「手術枠が足りない」とか「時間外手当はどうなっているのだ」とか,色々な問題を投げかけてくるものですから,院長からは煙たがられるものです.

 むしろ,私の勤務していた病院では,躁鬱の先生や,テレビゲームの先生の方が,院長と付き合いも長いし,文句も言わないので,院長からは重宝されていました.

 「それなら,そんな働かない医者は辞めさせてしまえば良いではないか」と考える人もいるでしょう.私や,同期の仲間も「あいつら働かないな.それでいて,俺たちより給料多く取ってるくせにな.辞めさせれば良いのに」といつも話していました.しかし,それはできないのです.病院というのは,規模に応じて医師の数が決められているので,彼らに辞めてもらったらその基準を満たすことが出来ず,病院も困るのです.

 実際はあべこべで,私の方が病院から嫌われていたわけで,その様なところで働いていたって全然面白くないですよ.そのような病院には明日がないと判断して,辞職しました.

【奈良県民の気持ちを分からない病院・県の幹部こそ,県民の敵】

 奈良県立病院も状況は同じです.奈良県内にいくつもないし,大阪にだって数の少ない,新生児ICU を,夜も寝ないで維持している,この5人の産婦人科医は,奈良県にとっては宝物ですが,病院幹部,県の幹部からは大いに嫌われているんでしょうね.新聞に出る前にかなりのやり取りがあったものと,お察しいたします.

 奈良県はもう一人産婦人科医を増員すると言っていますが,極めて難しいでしょう.不可能でしょう.こんなことを言うこと自体,お笑いです.

 それより,この5人の産婦人科医との人間関係は大いに崩れてしまいました.この5人の医師が辞めてしまう可能性の方が1000倍位高いと思います.この5人の後釜なんてもうどこにもいません.そうすると新生児のICUまで持つ高度医療機関が,潰れてしまうことになりますが,幹部がこのような低い見識では仕方ないでしょう.県の幹部や病院の幹部はこの5人の産婦人科医を嫌っているが,奈良県民にとっては宝物.

 「時間外手当など払えるか!」と言って,辞めさせてしまう県の幹部や病院長を奈良県民は支持するのでしょうかね.むしろ,天誅を与えるべきなのは,おかしな裁定をした,県の幹部や病院長だと思います.

 病院幹部の見識が低ければ,どんなに大きな病院だって,どんなに大都市にあったって,どんなに今まで医局との関係が密でうまくやっていたって,一瞬で潰れます.江別市立病院が良い例です.

 こんな意識の低い,というか奈良県民の心情とかけ離れた人達が運営している,県立病院など時間の問題で全科,駄目になると思いますよ.「時間外は払わない」と公言した病院ですからね.奈良県立病院は労働基準法の治外法権になっているとでもこの兼幹部は考えているのでしょうか.  残るのは,テレビゲームばかりしている医者や,躁鬱で1時間しか外来をできない医者ばかりとなるでしょう.

 まあ,今回の騒動でのおかしな対応で,奈良県立病院はだめだ,ということが満天下に広まってしまった.「時間外は支払わない」と公言するような病院は,はっきり言って駄目です.

 ここまで話がこじれた以上,近いうちに,この5人の産婦人科医も辞めるでしょう.ここまでこじれてしまった病院で働くことは,本当に危険です.訴訟,内部告発など病院側から何をされるか分からない.

 しかし,本当に奈良県民に必要なのは新生児ICUを担当する5人の産婦人科医たちで,奈良県民の敵は今や県の幹部.私は産婦人科の医師達に1億の時間外を払っても安いものだと思いますよ.なぜなら,この産婦人科医が辞めてしまったら,事実上,新生児ICUは二度と出来ないでしょうから.しかし,話はもうこじれるだけこじれました.どちらにしても奈良県立病院から新生児ICUは消えるでしょう.

 奈良県民も,県の対応に大いに怒らなければならないと思います.

 奈良県立病院から新生児ICU と産婦人科の消えたら,その責任は誰にあるのか徹底的に追及すべきでしょう.

【今後の対策】

 ちょっと前までは,官公立の病院は赤字減らしに必死でした.今,それも大事だが,ちょっと待ってくれ,と言いたい.新臨床研修医制度のために,未曾有の医師不足の時代です.今は,多少,カネを使っても良いから医師を確保しておくことが最優先事項です.勤務医に気持ちよく有給休暇を取らせ,気持ちよく時間外手当を払うべきです.

 医師がいなくなると,それを求めるのには大変な苦労をしなくてはならない.カネも使う.人材派遣会社に頼むと,医師を一人派遣してもらうのに,300 - 400万円かかると思っていた方がよい.せっかく来ても,すぐに辞めてしまう医師もいるだろうし,私の経験では,その様な医師は勤務してもせいぜい1-2年です.そしたら,また,300-400万円かけて,人材派遣会社に頼まなくてはならないその場合の費用→クリック注)すぐ辞められても,300-400万は払わなくてはいけません.

 残念ながらこのようにして集めた医師にチーム医療などはじめから望むべくもありません.

 奈良県立病院のように,5人の産婦人科医がチームを組んで高度な新生児ICUをやっているとしたら・・・今回の請求・・・2年分の時間外手当5人で1億円.一人2000万円・・・つまり,1年間の時間外が一人1000万円.安い! それでいて,高度なチーム医療が維持できる・・・すばらしい!  本当にそう思います.

 そう考えると,時間外労働手当を拒否した県のやり方は本当に残念です.まったくの愚策でした・・・・

【計算・・・なぜ年間の時間外手当が1人1年間で1000万になるのか】

 医師の時給は,年収1500万くらいの人で,だいたい時給5000円から6000円.

1)終業〜23時,および,翌朝5時から8時:医師の時間給(注)×1.25 が,その時間帯の時間給になる.

2)更に,23時〜翌朝5時(深夜労働):医師の時間給(注)×1.5 が,その時間帯の時間給になる.

*但し休みの日はもっと高くなります.

 新聞によると,月の時間外労働が100時間超と言います.大雑把に,時間給x1.5を時間外の時給とすると・・・時間外の時給は7500-8500円くらい.したがって,月の時間外労働手当は75万から85万円.したがって,年間の時間外手当は1000万になると言うわけです.時間外手当の参照記事→クリック


 著者である私は,このA企画を,時間外手当,有給休暇など,医師の待遇をきちんとして,医師を求人したり,勤務している医師に長くいてもらうためのアドバイスを病院に提供するために立ち上げました.

 しかし,奈良県立病院のように,医師に時間外手当を支給する気のまったくない病院は救いようがありません.

ウルトラマン先生:とある病院で勤務していたとき・・・外来を1時間しかできない年配の内科の先生がいた.1時間外来をやると,プラズマエネルギーが切れてきて,駄目になるのだ.3分前から胸のランプが点滅する.1時間経つと,「シュワッチ!」ならぬ「あとは頼むな」と言って,消えてしまうのである.「君はウルトラの星から来たのか」と私は思った.

 このような先生ではあるが,長く病院にいると言うだけで私の1.5倍の給料であった.また,救急だ,何だと働いて病院の収益を上げている私よりも,文句を言わない分,このウルトラマン先生の方が,院長から大事にされていた.つきあいも長いし・・・

 まあ,勤務医の世界というのは,このようなものである.

 ここをどう改善するかがカギですね.

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