時間外手当をどのように管理すべきなのか

 時間外労働は,その管理,いつどのような場合につけるか,と言う点で非常に難しいものがあると思います.
 少なくても,自己申告にして,それを満額認めると大変なことになります.

【経験例1】道南のある基幹病院に私が勤務していた頃,聞いた話である.

 以前,この病院は時間外手当を「キチン」と支払っていたという.すると,泌尿器科の若いドクターが,病院に残っている間中の時間外を全て付けて請求した.それこそ,調べものや学会の準備,書類書き,お茶を飲んでいる時間の時間外も全て付けた.

 若い頃というのは,独身だし,特にすることもないので,病院にいくらでもいることができる.おまけに体力もある.病院にいて,お茶を飲んだり,同僚と馬鹿話をしながら,学会の準備や文献を引いたり調べものをするのは楽しいものである.

 この若い泌尿器科のドクターは,病院にいた時間を全て時間外としてつけて,すごい給料をせしめたという.

 そののち,この病院では,時間外に関しては締め付けがきつくなってしまったという.

 私のこれからのお話には多少異論を抱かれる方もあるとは思いますが,一つの現実的な提案として考えて頂ければよろしいかと思います.

 時間外の管理として,5原則をあげさせて頂きます.自分の経験した例も同時にあげさせて頂きます.


1)当たり前であるが,患者が来て,その処置をした当事者については満額を認めなければならない.当直と言ってごまかしていくことは今後はもう通じないだろう.医師の側からすれば,その様なことをしている病院に,もはや勤める必要など無いと思います.

2)また,研修医や専門医になっていないドクターは上の先生と処置をする場合,やっぱり「見習い」という側面がある.一人で行ったものに関しては,時間外手当満額を出すのが妥当であるが,上のドクターを行ったものに関しては限定的にせざるを得ないし,そのようにしても良いのではないかと思います. 

3)学会活動の調べもののために病院に残っていると言うことは良くあることであるが,これに関してはいろいろな議論があるが,私の個人的な意見としては出す必要はないと思う.
 病院がドクターにあるテーマで学会発表や論文執筆を頼む場合はいろいろと考えなくてはならない(あまりこのような斬新なケースはないであろう)が,「時間外」という形より,手間賃,応援費,賛助費,と言う形で幾ばくのお金を支給する形が良いのではなかろうか.

4)また,症例の調べもののために病院に残るケースもあるが,このようなものに関しては時間外手当をその都度支給する必要はないと考える.

5)書類書きに関してもその都度時間外を支払う必要は無いと思う.症例の調べものと同様に,従来,どの病院でも時間外手当として,機械的に幾ばくかのお金が支給されていた.これで充当されていると考えても良いのではないだろうか.

【経験例2】これも,道南のある基幹病院に勤務していた私が卒後2年目の頃...

 まあ,私も20歳代で若かったですし,独身でしたから,なんぼ でも病院にいることができた.12時頃まで病院にいても,次の日はしゃんとしていたし,何はばかることもなかった.

 上の先生の行った手術の手術記録をそれはそれは懇切丁寧に書いていたものだ.丁寧に解剖書や手術書を調べ,色鉛筆を用いて丁寧に書いていた.「ああ,いつかオレもあのように自信を持って堂々と手術が出来るようになりたいものだ」と思いながら...それがまた,良い勉強になった.

 自分が上の先生の指導の元で手術をさせて貰ったら,その時にはそれはそれは時間をかけて丁寧に丁寧に手術記録を書いたものである.

 また,学会の準備ともなれば,深夜12時頃まで院内でいろいろやっていることはしばしばあることだった.

 さて,この「仕事」に対しての時間外は? となると,私は2年目なので,時間外手当は出ない,と病院側から言われていたので,そういうものかと思っていただけであった.

 まあ,この様な自分の行動に対して,時間外手当を出して貰うのも,ちょっと違うのではないかと思っていた.

 しかし,私も人間だ.もし,時間外が出る,といわれたら,喜んで時間外を付けていたことだろう.人間ってそう言うものではないだろうか.だから,どのようなものが時間外か,きちんとしたルール作りと管理が必要であると思う.


【経験例3】私も10年目を過ぎ,専門医も取り,いわゆる「ベテラン」医師になった時,道東にあるその地域の基幹病院に一人科長として,出張を医局から命じられた.この時の話である.

 ここの病院は,当時,外科にアクティビティーがあり,5 - 6人の医師でやっていた.注目していたのは,他院から紹介があると,ここの先生方は,当然,返事を書くのであるが,それを何度も書くのである.

 入院した,病理検査の結果が出た,手術した,退院した・・・など,ことあるごとに書くのである.外科の部長先生は「このように何度も手紙を書いて自分たちをアピールして,また,患者を送ってもらいたいんだ」と言っていた.なるほど,名案である.私は,その部長先生の患者を集めるというその情熱にただただ純粋に感心したものである.

 この外科の先生方は,部長を始め5 - 6人くらい,毎日 午後11時頃まで残って仕事をしていた.なにしろ,手紙を書くのが膨大だ.また,下の先生が書いた手紙を上の先生がチェックをしたりする.また,手術記録や退院時サマリーなどもきちんとしていて,しかも丁寧である.これは下の医師にとって非常に良い教育だと思った.

 このようにしている間にも,救急外来にはポロポロと患者が来ることもある.そんなときは,いつものように,下の先生が診に行き,処置に不安があれば上の先生に判断を仰いだり,実際に診て貰ったりしていた.上の先生が院内にいるということは,下の医師にとって極めて心強いことだろう.

 さて,この外科の部長先生と時間外手当について相談したことがある.向こうは私より,その病院で古株であったので,いろいろと新参の私は相談に乗って貰うことが多かった.当時,私は一人科長であったので,救急で私の担当患者が来ると必ず呼ばれることになる.臨時手術もしばしばである.平日でも,7時頃手術が終わり,それから回診という事も多かった.

 そのくらいやっても,時間外手当は,4万円でマルメであった.そのことについて,言うと,その部長先生は「オレもこの様に連日,11時頃まで残っているわけですよ.だけど時間外はつかないのですよ」とひょうひょうとおっしゃる.

 しかし,この人の手紙書きや書類書きと,私の救急患者への直接的な対応,診察,時に臨時手術を同列の「時間外」と扱われるのも心外だな,と思ったものである.

 このような私の経験を通して,時間外手当というのはあくまでも患者に直接対応したものに対して支払われるべきで,この話に出てくる,手紙やサマリーを書いている外科の医師にはその適応はないと思っている.その様なことを踏まえて管理,コントロールすべきであろう.

 A企画の掲示板に部長より時間外給のために給料が多くなった下のドクターの話が出ていたが,おそらく,4)5)のためにかなり膨らんだのではないだろうか.
 時間外をまじめに払おうとすると,その管理が結構大変.もらう方は,どんどん膨らまそうとするのもこれも人間の本能.
 だからどこかにルールを作り,きちんと管理して,気持ちよく支払って行く形にしたいものである.

【掲示板より】部長より時間外給のために給料が多くなった下のドクターの話


エイトマン:あの函館の某自治体立病院は時間外手当を基本給の半分以上も出してくれるんですか。きちんと時間外手当を出すということは働く医師にとって非常にやりがいのある病院なのですね。

 若い医師にとってはなかなか良い病院と思いますが、それだと逆に部長クラスのベテラン医師は救急や時間外をそれほどやらないので、もしかすると収入が逆転しているかもしれませんね。外科系だと不満がつもるでしょう。術者の先生よりも何もできなく術後管理しかしていない医師の方が給与が高いというのは納得出来ないかもしれません。

SSD:私が外科研修したときに、型破りな後輩がいて、時間外を本当に全部付けて、部長より月の給料が多かった強者がいました。

ええ、空気の読めない彼は、干されてほとんど手術させて貰えなかったようです。

(エイトマンさん ssdさん 掲示板より引用させて頂きました)


 また,現在,大問題になっているのは,学会の準備のために居残って調べものをした時間を時間外として算定できるか,とか,下の医者の時間外手当をどうするかというより,ベテラン医師が夜や休日にそれこそ寝るヒマがないほど患者患者で働かされて,時間外が法定通り出るどころか,まるで出ないか,当直扱いにされるか,

雀の涙ほどしか出ない,というのが問題なわけです.それが立ち去りの主原因というか,そのようなことをしたら誰でも立ち去ると思います.

 SSDさんが「空気を読む」という言葉を使っております.面白い言い回しです.今現在,病院管理者側が悲しいくらいまったく空気が読めていません.ベテラン医師は,人材の供給源であった,大学医局が崩壊し,下の医師が来ないので,全部自分たちで抱え込み,働きづめに働いて,残業200時間はざら...

 その様な状態の時にどうするか.大学の医局に不毛に頭を下げに行くより,自分の所で働いている医師にきちんと時間外手当を出すべきなのです.逆に,この医療崩壊の時代,できることはそのくらいしかありません.それをしないと,ベテラン医師が誰もいなくなり,そうなるとそんなところには若い医師も来ず,病院が崩壊してしまいます.

 今年の4月に,また,沢山の病院が崩壊するでしょう.このホームページを書き始めた,平成18年9月頃に江別市立病院の医療崩壊が日本中に大きな驚きを持って報じられましたが,約4ヶ月後の今現在(平成19年1月),そのようなことはもうアチラこちらで沢山起こっていて,誰も驚かなくなりました.つまりこの4ヶ月の間にも事態は大きく変わっております.

 それでも,病院管理者側が「自分の所だけは崩壊して欲しくない」と強く欲するならば,自分の所のベテラン医師には時間外をキチンと出してあげるのが,最優先事項です.もう今月か来月の給料からでもそうした方が良いと思います.

 繰り返しますが,自分の所の病院崩壊を押しとどめるのに,一病院として今できることはそれしかありません.

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