研修医制度新世代の医師の中で.「漂流」する医師は増加する

-

 研修医は果たしてきちんとした研修を受けられるのか?  研修医が研修漂流すると言うことはないのか? ということを述べます.

【研修医が待遇の良いところを求めるのは当たり前?】 

  「研修医が待遇の良い病院を求めるのは当たり前」と言えば当たり前.私が今,研修医なら,待遇の良い病院を一生懸命選ぶかもしれない.

 問題は,その結果がどうなったか,と言うことですね.

 それは,私も散々述べているし,ちまたに,研修医制度はだめだった,というサイトを沢山見つけることができる.

 結果を考えると,研修医制度をはじめたせいで,産婦人科,小児科の不足など医師の科ごとの偏在,地域の偏在が顕著になってきてしまった.

 研修医制度前よりも悪くなるというのは,実はすごく滑稽なんです.

 なぜなら,マッチングセンターなる組織を作り,これは厚生労働省の天下り機関であるが,そこにも金がかかるし(センター長なんか年収2000万位取っているのだろう.きっと),研修医の給料をある程度,保障するため国も予算を組んでいる.

 その結果が今の状態.

【初期研修期間の2年をどう考えるのか】

 また,初期研修期間の2年をどう考えるのか.私はこの期間は,医師としての考え方を身につける大事な期間だと思っていました.何か,哲学のようなものを学ばなくてはいけない時期だと思います.これは本当にその道の第一人者の医師に教官としてやってもらいたい.誰でもできるものではない.

 しかし,道内で言えば,研修病院に上げられた市中病院のほとんどが,このようなことをするのに,私は役不足だと思います.事実,その今の研修病院で私が科長をやっていたところもある.私がこのような教育を新人医師に施すのは荷が重いし,分不相応であると謙虚に自覚しています.

 また,各病院の内情を知っているだけに,正直に言うと,こんなところで研修してどうなるんだろう,と思うような所もたくさんあります(日常の臨床の仕事はきちんとされているが,先に述べた新人教育となるとどうか,と言う意味です).

 また,研修病院を見ると,よくみられるのが,その病院のある特定の科はすばらしいが,勤務している医師のモチベーションが低くて,研修どころではないという科もある.初期研修は多くの科を回るようであるが,その様な医師のいる科を回っている時間はおそらく無駄になる.

 
【大学の医局に入局する意味  3年目からの後期研修について 】 

 「いや,そう厳しいことをおっしゃるな.最初の2年は見習いだ.次からが本番だ」,と言うのであれば,後期研修の時にどういうところで研修するのかが本当に問題になる.

 初期研修である程度のお金をもらっていると,それ以上生活を落としたくない,あるいは,人間というものは落とせないものです.その様な生活とかお金という観点で後期研修の病院を選ぶと,将来的にとんでもないことに私はなると思います (これが浜西教授の意見 でもありますが).

 たとえば,道内の研修病院のいくつかには,初期研修の当直もできない見習い同然の医師にすごい給料を出しているところもある.その狙うところは,引き続き後期研修も自分の所でやってもらい,その後も自分の所に勤めて頂こう,というものである.

 このような作戦に引っかかって,医局というものに所属せず,いきなり病院に就職する人も増えるでしょう.しかし,そのような進路を取ってしまうと以下の5点で医局に入った人に対して大きなハンディを背負うことになります.

その1)系譜:
   
医師の世界は,誰について学んだかが,ものすごく重要視されるものです.私も,大したものではないが,医局に所属していたため,「○○教授のお弟子さんなら大丈夫だ」とかよく言われたものです.うれしい気分はするのだが,さてさて・・・一応教室員ではあったが,教授とはカンファレンスとか学会予行くらいの時しか話したことはないし,もっとも自分は教室の中でもそんなに切れ者というわけでもないのだが・・・といつも思っていました.しかし,このような,○○教授のお弟子さんと言う「系譜」が医師の世界では大事なものなのです.このことは,このような系譜をもっていない人と実際に接するとすごく分かるし感じるものです.

その2)本社採用 現地採用
 
その昔,国鉄には「本社採用」「現地採用」というものがありました.「現地採用」とは,文字通り,現地で採用することを指します.たとえば,札幌駅採用,とか,青函連絡船なら青函局採用というような具合です.

 それに対して,「本社採用」というのがありました.これは,東大,京大など有名一流校を卒業した者が就職するところで,1年ほど国鉄本社で研修して,その後,いきなり,副駅長などであちこちに出張し,仕事を覚えていくわけです.そして,ある程度仕事をしたら本社に戻るというような勤務をします.もちろんエリートコースです.

 「現地採用」だと,改札の切符切りから始まって,定年間際に副駅長か駅長になるのが関の山.本社採用組と全然違います.本社採用組はというと,1年目から大きい駅なら副駅長,小さな駅なら駅長と言う具合で始まり,その様な部署を転々とします.そして,国鉄全体を大きく捉えさせる.

 国鉄はなくなりましたが,大企業は多かれ少なかれ,表向きは,出身大学差別はないなど,いろいろ言ってはいても,このような形式で職員を採用しているのではないでしょうか.

 医者の世界も似ているところが出てきそうです.道内の研修病院とされる所のほとんどが,大学の医局の関連病院となっていて,医局に入ればこのような病院にいくらでも行くことができます.他府県でも,状況は北海道と似たり寄ったりだと思います.

 そのような状態にもかかわらず,いきなり,医局に入らずに,研修病院の一つに入るのは,医局に入局するのを「本社採用」とすれば,「現地採用」に自ら志願してなるようなもので,それはどうなのでしょう.私は「本社採用」の方がすてきだと思います.

 価値観はその人が決めるものですが,「現地採用」組は,やっぱり医局に入る「本社採用」組から見て風下に立ってしまうような気が私はします.医局に入らずに直接病院に入った人にとってその病院は「すべて」であるのに対し,医局から派遣されてきた人にとってはあくまでも関連施設に過ぎないのです.

 あと,どちらが医師としての腕を磨くことができるのか,と言うことになれば,あちらこちらの病院で研修し,基礎的な実験をして,さらに,チャンスがあれば国内・国外留学などをして腕を磨いている医局組の方が,視野も広がるし,腕を磨くチャンスにも恵まれているのではないでしょうか.
 また,実際に研究や留学などしていなくても,仲間の話からその様なことを身近に聞くことができるというのは非常によいことです.

その3)専門を変えてしまうという困難さ 
 医師の教育というものは,10年-15年というスパンで考えなければならないのです,後期研修は3年で終わってしまう.「現地採用」組はその後の進路を自分で考えなくてはならないのですが,かなり難しいことです.

 また,きっとこれが最悪なことなのですが,3年間の後期研修の後,自分の専門を変える人が今よりも沢山出てきます.

 私自身も,途中で他の科をやりたいなと思ったことが何度かありますが,何しろ私は医局というものに所属していた.医局を辞めるのは,ヤクザの組抜けほど大変ではないが,離婚する位大変です.だから,辞めないで今の専門を通すことができました.

 今回は,後期研修を3年すると,一段落になります.ここで,3年間やってきた科を辞めるとしたら辞めやすい.

 専門を変えた人も何人か知っていますが,ものすごい苦労をされている.その結果,「漂流者」のようになり,自分の専門とするものが分からなくなった人もいる.しかし,その様な「漂流者」のような人が今よりも沢山出てくるんじゃないかと思います.なにしろ縛りがなくなりましたからね.

 このような人は大きな病院では使い物にならないでしょう.小さな病院や,国保病院などではどうかというと,大丈夫かも知れないが,その様な病院が今,どんどん減っている.

その4 開業するにあたり,医局の所属している方が有利か不利か 
 今,勤務医が当直と夜中の救急外来で激務が続き,嫌気がさして,病院を辞めて開業する人も多いので,そのことも問題になっています.しかし,開業するに当たり,心配なのは自分の健康です.病気がもっとも怖い.

 医局に所属していた人なら,病気になったときなど医局から人的サポートを期待することができる.これはすごいメリットです.

 3年目の医師に,10年,15年後の開業のことを考えて進路を選ぶことは無理でしょう.しかし,以前は,卒業した者は皆,医局に所属し,そして,あちこちの病院を回って,そのあと開業するにしても,自然にその様なサポートを医局から受けていました.自分も医局員時代は病気になった開業医の先生の所の代診をよくやったものです.

 医局に所属していなかった人はこのようなサポートはもちろん受けられません.これは,開業と言うことを考えると非常に不利なことだと思います.今,医局に入らない人が多くなっていますが,私は「本当に大丈夫か.若いうちは良いだろうが,人間,40,50と歳を取ると病気もしやすくなる.そんな時,大丈夫か」と思わざるを得ません.

 私がもし医局に所属せず,病気の時のサポートを受けられないとしたら,開業は考えないでしょう.なぜなら,借金をして開業するのは良いが,「病気 = 破産」という方程式が成り立ちそうな気がするからです.私もゴルゴ13と同様,自信家でもないし,そんなに陽気に出来てはいませんので.

 厚生労働省が,このような事態を予測し,医師の開業を防ぐために,この研修医制度をはじめたとしたら狡猾きわまりないですね.

 その5 待遇よりも症例数で選ぶ? とは

 初期研修をする病院を選ぶ条件として,待遇と言うことが言われるが,必ずしもそうではなく,症例数やどのくらいやらせてもらえるかが重要だとアンケートでも出ている.では,後期研修ではどうなるのだろうか.

 大学病院は症例が少ないし,あと,特殊な病気に偏っているから,大学の医局に入らずに,一般病院で後期研修をすることにした,と言う人も多い.私に言わせればあまりにも青臭い意見である.

 大学の関連病院にはいろいろな病院がある.症例の多い病院で症例を積むこともできるし,ある特殊な分野のスペシャリストもいて,その先生について,自分の専門を磨くこともできる.また,症例の少ない病院に科長としてあえて赴いて,自分の力で症例を増やすことを試みることも可能である.これらのオプションは医師の成長にとってどれも必要なものである.

 病院に就職してしまうと,このようなオプションを選ぶことができなくなる.

 したがって,症例が多いから,という理由で自分の進路を決めてしまうのもどうかな,と私は思うのである.

【小括】医局に所属しない医師の不利な点を5点述べた.研修医制度前は,ほとんどの医師が医局に入ったので,この5点の不利を被る人はほとんどいなかった.だから,このようなことは誰も意識しなかった.今後,医局に所属しなかった医師は,10-15年後,このような不利を意識せざるを得なくなるだろう.

 制度が変わって,どうすればよいのか新人医師は大いに迷うであろうが,所詮は自分のことである.10年 15年先のことまでよく考えて,進路を選択されるのが良いと思います.

【将来必ず起こる医師過剰時代備えよ】


 私の言う事が少数派で変わった意見なら良いのですが,私の意見は多数派のようです.

 今は,医師不足が叫ばれていますが,医師の数自体は増えているし,一方で病院は減っています.国は療養型病床群を無くそうとしているので,老人病院自体もなくなりそうです.
 私や私の仲間らが,学生時代に「医局でだめだったら,老人病院か北海道の田舎に行けば良いのだ.そうすれば飯は食える」と学生の分際でえらそうに言っていましたが,今はどちらもなくなりつつあります.

 だから,近い将来,とんでもないほどの医師過剰という事態が起こるように思います.

 医師は技術屋ですから,医師過剰だろうが何だろうが,きちんとした技術を持っている医師は大丈夫でしょうが,お金のことばかり考え,大したことのない病院で「研修」と称して,ふらふらしている人は食いっぱぐれてしまうかも知れない.そのように思います.


 まとめます.
 ●「研修医が待遇の良い病院を求めるのは当たり前」と言えば当たり前であるが,そんなことをしていて,本当にその医師は技術を身に付けることができるのか?

 ●手間かけ,ヒマかけ作った研修医制度は,実はだめな制度である.

 ●初期研修の後,大学の医局に入局する意味,しない意味をもう一度じっくりと考えるべき.

 ●医師過剰時代の到来は近い.病院は今こそ医師不足であるが,医師不足故に倒産することがなければ,今後生き延びられるかも知れない.今は,今実際に勤務している医師を大事にして,この難局を乗り切るべきではないだろうか.

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

2

3

4

5

6

7

8

9

0

1

inserted by FC2 system