医師不足の淵源(その3)薬屋の接待の禁止,アルバイトの禁止

               ・・・・まるで魅力のなくなった公的基幹病院勤務

 
原因1:女子医学生の増加
原因2:厚生労働省の病院の人的規制と「名義貸し」の全面禁止
原因3:薬屋の接待の禁止,アルバイトの禁止
      まるで魅力のなくなった公的基幹病院勤務

原因4:「目こぼし」がなくなった.遠慮ない医者たたきの末に
原因5:訴訟,そして,医師敗訴の頻発
原因6:日本の医療システムへの原爆投下・・・臨床研修医制度の導入


とどまるところを知らない清水運動の拡大

 前回,「名義貸し」の問題について述べたが,「名義貸し」,そして,今回の薬品メーカーの接待の禁止,公的病院医師のアルバイトの禁止,と,まるで医師を修行僧のごとく扱ってはばからないような動き・・・「清水運動」がある.

 それを「清水運動」とここでは呼ぶものとする.医学は学問であるが,医療は実務である.実務であるからにはファジーなところが必ず出てくる.たとえば,「酒を飲んで診療して良いか」という問題について考えてみよう.患者の立場からすれば,酒など飲まない状態で診てくれ,とストレートに思うだろう.夜はどうか.

 夜は,職場から一応は解放されている.しかし,急患が来たり,入院患者が急変したりしたら患者をとにかく診なくてはならない.そのとき,酒を飲んでいて良いものか.

 車の運転でも酒を飲んで運転することは,飲酒運転で罰せられるのだから,医者が酒を飲んで診療するなどとんでもない,と言うことにしよう.そうすると,酒を飲んでしまった,ということで,夜のいやな急患をすべて断れるのである.それで良いのか,と言うことになる.だから,このことは「不問」ということに一応なっている.

 その様な面がいっぱいある.昨今,そのようなものを何も顧みず,世間は次から次へと潰している.これが清水運動である.おかげで,医師は病院,特に,公的基幹病院には住みづらくなり,皆,逃げるように辞めている.一句出来た.

 「清水に医師住まず」

蛇足的な流れ・・・薬屋の接待の禁止,アルバイトの禁止

            公的基幹病院勤務はなぜ魅力のないものになったか?

 
 これも私が新人の頃(20年前)だが,当然医局にみんな入局するわけだが,我々の目からは,大きな病院の科長は我々新人医師から見てすごくよく見えた.とにかく高い技術を持っていて,颯爽としていた.だから,みんな新人は,いずれ大きな,できれば公的な病院の科長になりたいものだと念願した(今から見ると奇天烈で笑い話でしょうか?)

 さて,1995年の頃からか,薬屋と酒を飲むな,という事になった.

 以前は,薬屋は医師を接待漬けにした.医師を接待するのがうまいプロパーが,仕事の出来るプロパーであった.私が医師になった1980年代は,まさにこれで,薬屋さんの接待と言えば,3次会,4次回が当たり前であった.何度も「もう勘弁してくれ」と思ったものだ.

 しかし,このときに覚えた薬を今も使っているという現実がある.薬品メーカーの薬の売り上げであるが,売薬と言われる,普通の薬局で売られる薬の売り上げが1割位.9割は,処方薬と言って病院で処方される薬による売り上げである.

 処方するのは病院の医師なので,薬品メーカーとしてはプロパーを使って医師に自社の薬のプロモーションを計ることになる.早い話が,医者に酒を飲ませるである.そうしないと薬それ自体を覚えてもらえないというのも現実だ.

 しかし,1995年頃から,官民癒着だとうるさく言われるようになった.なにやら医者の手足の一挙一動にうるさいことを言う人やマスコミが多く出てきた.薬屋と公的病院の医師が酒を飲んでいるのを,新聞記者に目撃され,懲戒を食らった医師も出てきた.
 結局,なんだかんだと言って,公立病院に勤める医師は,薬屋の接待を絶対に受けられなくなった

 分厚いマニュアルのようなものまでできた.プロパーはよくボールペンなどを医師に持ってきた.しかし,これが癒着だということになった.とある,国立病院では,医局の入り口に大きなゴミ箱が置いてある.ここにプロパー(薬品メーカーの営業マン)は,ボールペンを「捨てて」いくのである.あとで,医師は必要に応じてその中からボールペンやメモ帳を「拾う」のである.飲みに行くのはもちろん厳禁だ.

 滑稽なのは,講演を頼まれたときだ.なにしろ,大きな公的機関病院の医師は症例を積んでいるので講演を頼まれることもある.その様なときにはどうするか.講演者は謝礼などもらってはいけない.また,会場まで行くのは公共交通機関で行かなくてはならない.タクシーチケットなどもらってはいけない.別な場所で講演するときには自分で宿を取り,病院には有給休暇を取って行くこと,となった.講演の後に,情報交換会と言って,ささやかに軽く一杯飲む会がある.そのようなものも出てはいけない,ということになった.つまり,講演などしてはいけない,ということだろうか.(大学病院,国立病院,市立病院で若干の温度差がある)

 道徳的なことをここでは云々しない.しかし,「官民癒着」と言うなら,はっきりしているのは,国の借金をここまで膨らませたのは,官僚が特殊法人や一般企業に天下りし,結局税金でかられらに膨大な給料,退職金が支払われたことである.例を挙げると,官庁を退職後,2年くらい勤めて2-3000万くらいの退職金をせしめている.そして,2 - 3箇所の天下り先に勤務して,5000 - 6000万のカネを手にするわけである.これが,今の日本の借金の原因である.これを全部潰すということで小泉政権が発足したわけであるが,彼は医療費を上げて,かつ,痴呆老人を病院から追い出し,家で面倒をみるようにしむけ,国民に惨憺たる苦労を味あわせただけで,最も悪の根元である天下りはそっくり温存されてしまった.

 こんなのを無くすのは簡単だ.国家公務員の上級公務員試験をパスしたキャリア組の再就職の際,給料,および収入は接待費,退職金を含めて年収600万以下とする,という規定を作ればそれで事足りる話だ.
 

 話がそれた.また,時期を同じくして公立病院の医師はアルバイトをしてはいけない,とうるさく言われるようになった.
 それまで,公立病院の科長ともなれば,やっぱり症例を積んでいるので,市内の医局の同門の先生方から,手術依頼などが多数舞い込んできて,自分の病院にいるより,外で手術をしている時間の方が長い位の人もいた.公的病院の医師の給料はすごく安いのであるがそのアルバイト料でバランスを取っていた.

 手術症例を積めるので,このベテラン医師にとっても腕にさらに磨きがかけられるので非常によいことである.

 また,「手術に来て下され.お願いします」と言われるのは悪い気がしないものである.医師としてのステータスでもある.自分が苦労して今まで研鑽してきたことが報われる至福の時でもある.

 手術を受ける患者にしてみれば,近くの病院に居ながらにして,レベルの高い手術を受けることが出来るので言うことなしだ.これで,地方に住んでいて,札幌で手術を受けると言うことになったら,どうなるか.すごく大変なことになる.

 患者が子供の場合,家族の者もホテルか親戚の家に長期滞在することになる.莫大な出費がかかる.

 しかし,向こうから熟達した医師が来てくれるのである.患者こそ最大の受益者である(このようにしてもらったら,患者は相当この来てくれる医師に包まなければならないだろう,と思うかも知れないが,北海道の慣例ではそのようなカネは一切かからない.一切,包む必要はないし,包まれたことも実際にはない.別に格好つけて言っているわけではないが).

 そのように上のベテラン医師が出かけても,下っ端の医師が多数,大きな都市の大きな公立基幹病院には多数勤務していて,病院勤務自体は全く滞ることはなかった.下っ端の医師は,いろいろな病院によばれる上の先生に憧憬のまなざしを向けた.いつかオレも腕を上げてあのようになりたいものだ,と念願したものである(このような感慨も本当に昔話になった.語っている自分自身が年寄り臭く思えてきて書きながらイヤになってきました)
 アルバイトも結局,目こぼしの話であったかもしれない.しかし,「勤務時間に,よその病院でアルバイトするとはけしからん」というのは確かに正論だ.そして,アルバイトを徹底的にマスコミと政府厚労相が潰してしまった.

 公的病院の給料は安い.どのくらい安いかと言えば,大都市の公的病院の働き盛りの医師の給料は,おそらく,同じ年齢のプロパーよりも年収では安いはずである.もちろん退職金や福利厚生はプロパーの所属する大手薬品メーカーの方が圧倒的に充実している.このようなことを考慮すると,圧倒的に安いのである.とにかく,医師に取り入って薬を使ってもらおうとするプロパーの方が実は給料が圧倒的に高いのである.このような医療業界は冗談のような世界となっているのである.

絵をクリックするとコマが進みます     

 一方の医師・・・薬屋の接待もないし,アルバイトは禁止である.公的病院に勤めていたら酒も飲めないということになった.飲むとしても近所の安い居酒屋が関の山である.もらったばかりのアルバイト料が入っている袋を気前よく開けて,飲ませてくれる指導医の先生がよくいたものだが,今はそんなこと無理だろう.
 実際,この前,地域の基幹病院と言われているところの科長の先生と飲んだが,指導医と研修医の給料は今や変わらないので,飲むときも,「お前らもオレとあまり変わらないくらいもらっているんだから,割り勘だぞ」と言って,酒を飲むんだ,と言っていた.

 つまり,公的病院に勤めても,何もおもしろくもない砂を噛むような勤務医生活となった.実際に,公立病院の科長など,今や,そのようにしか,若い下の医者の目には映らないだろう.これは,「とにかく研修医を取れ」ということで,研修医の待遇改善に日本全国どこの病院も取り組んだ結果でもあるが,もはや,指導医の目にも,研修医の目にも,自分らの勤めている病院に魅力などまるで感じてはいないという滑稽な状況を招いている.カネを出しながらだから,なおのこと滑稽だ.

 今や,公立病院からは医師の逃散が相次いでいる.まさに清水運動の成果.清水に「魚」ではなく,「医師」は住まないのだ.


中締め)世の中から「目こぼし」がなくなった.

 2)名義貸し 3)薬屋さんの接待とアルバイトの禁止 は,「目こぼし」がなくなった.「清水に魚住まず」を地で行った感がある.「名義貸し」を良いということは出来ないだろう.しかし,これを一網打尽に禁止してしまったら,田舎の病院がなくなってしまうことは誰の目にも明らかだった.
 しかし,マスコミは医師たたきがお好きだから,ここぞとばかり記事にして叩きまくった.すると,田舎から病院が消えた.

 公的基幹病院も同じ.勤務時間内にバイトに行くなどとのことが内部より新聞社などにタレコミがあり,新聞社がそのことを記事にして叩いた.するとアルバイトには行けなくなった.

 公的期間病院の給料は安い.それをアルバイトで補ってきた.そのような「言わずもがな」のシステムがあった.それが瓦解した.現在,人口30万以上の都市の公的基幹病院に勤務するもっとも脂の乗った40歳位のベテラン医師の給料は,その病院に出入りする薬品メーカーのプロパー(MR)よりも安いであろう.皆,気勢が上がらない. それを目の当たりにする卒後すぐの研修医はどう思うだろうか. 実は,その様な病院は研修医を欲しいので,研修医の給料を上昇させている.そして,ベテランと給料があまり変わらなくなっているという,滑稽な現実が出てきている.

 先日も,知り合いの厚生病院系の科長が語ってくれたが,病院会議で,「研修医の給料を上げよう」という議題が出ていたという.「馬鹿言うな」という意見が科長の間では多数を占めたが,そのまま通りそうである.会議というものはそのようなものである.話し合うものではなく,通達するものであるからだ.

 まあ,研修医も,公的期間病院に自分と変わらない給料で,ただただ忙しく勤めるベテラン医師を見て,「あのようにはなりたくないな」という決意を強く持つだけあろう.

(誤解を招くといけないので,給料に関してはもちろん例外もたくさんあるということを付け加えておく.大きな街の公的病院でもベテラン医師に見合うだけの給料を出している病院も少ないがあることも確かだ.また,MR(プロパー)の給料もまちまちだ.会社によっても違うだろうし,何よりもそのMRのキャリアによって異なるものであろう.ただ,今や病院などどうやっても儲けを出せない不良業種であるに対し,プロパーは業績好調な一部上場企業の正職員ですからね.見方を変えれば,MRの方が給料が高いというのも当たり前かも知れない)

目次    最近の医療情勢に対する解析の記事   A企画へのアクセス

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

2

3

4

5

6

7

8

9

0

1

inserted by FC2 system